●前口上
ムーミン谷で植物採集をしているヘムレンさんは、元は切手コレクターでした。
ある日ついに全ての切手をあつめてしまい絶望の淵に立たされ、けしてあつめきることのできない植物蒐集家に転向したのです。そう、切手は国家が発行するものなので、完全にカタログ化されています。
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ドイツの精緻な切手カタログ「ミッヘル」を見ていくと、印刷技術、政治・経済情勢、各時代の雰囲気といったものが、国ごとの特性を保ちながらも、大きなムーブメントとなって切手デザインのなかに見てとられるところが興味深いところです。そして最もはっきりと顕れているのは、1960年代(殊に1960-1964年)に発行された世界各国の切手デザインが、特異な輝きを放っているということです。
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TV等で海外情報が豊富になりながらも、一般の人々が海外旅行をすることが難しかった1960年代、人々は切手の蒐集によって、海外の物を自分の手にしたり、文通や交換によって異国の人と直接交流するという楽しみを手にしていました。人々が魅力を感じているメディアに魅力的なデザインが花開くのは常に変わらぬ法則です。
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そしてまた1960年代は、ソ連・東欧共産圏や、建国初期の中国、ベトナム、北朝鮮、キューバが、希望にみちたグラフィック切手を世界に発信した時代でした。プロバガンダとしても切手に力をいれた共産圏諸国1960年代切手は質量ともに大変見応えあるものとなっています。
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そのほか、切手発行の先進国であったスウェーデン、フランス、チェコの発行した精緻をきわめた凹版印刷切手、FDCが魅力なオランダ切手、羊がいっぱいの南米切手、独特の洗練を見せる中東切手など、本書は、切手がもっとも輝いていた1960年代の切手を中心に、1,154枚の切手を撰び、発行年・モチーフの詳しいデータを付して、国ごと、テーマごとにグルーピングして収録しました。
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深いパースペクティブで文化を切り取る諸先生方による豪華コラムと、ぎざぎざの目地や糊の反り、国ごとに異なる紙質など、2次元であって2次元ではない切手の魅力を伝える祖父江慎氏の造本装丁により、切手に込められた歴史的地誌的文脈と、物としての魅力を十全に展開する一冊です。
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…と、仕上げはこうなりましたが、蒐めたときは「カワイイ切手がいっぱいホシイ」しか考えてませんでした。えへへ。